ご挨拶
本日は、平成30年度(第73回)文化庁芸術祭参加公演
東家一太郎 いち・かい 第7弾 「浪曲の明日」公演にお越し下さいまして、誠にありがとうございます。
浪曲は本当に素晴らしい芸能です。それを私に教えて下さったのはお客様皆様です。
義理と人情の物語を節と三味線で描く、本当に上手くできたら、心と技を込められたらこんなに感動を誘う芸能はあまりないのではないかと思っております。
私の芸はまだまだ本当に未熟でございますが、それでも涙して良かった、楽しかったと喜んで下さるお客様との沢山の出会いを頂いております。
お客様の支えがあってこそ、浪曲をもっと一生懸命続けて行きたい!と、明日に向かうことができます。
おそらく果てしのない芸の道ですが、合三味線、妻 美(みつ)の三味線の力と共に浪曲の明日の朝日を浴びて行きたい、そんな想いも込めまして会のタイトルを付けさせて頂きました。
お客様に末永く愛される浪曲師になれるよう今日から精進して参ります。
今までの私の浪曲師としての歩み、全てをかけて
浪曲の明日に向かって懸命に舞台を務めます。
かけ声と拍手でお客様も参加して下さり、一緒に楽しんで頂けましたら幸いでございます。
どうぞ肩の力を抜いて、ごゆっくりとお楽しみ下さいませ。
東家一太郎
次世代の演芸評論を担うお方と私が慕い、いつもお世話になっています金澤光春さんにこの会の為に、とても素晴らしいプログラム文をお書き頂きました。
金澤さん、有難うございます!!
浪曲の明日
月日の経つのは早いもので、一太郎さんが恩師二代目東家浦太郎師匠の門を叩いてから、今年で11年を迎えられました。
この十年を振り返って見れば、浪曲界にとって大きな変化を向かえた時と感じます。
明治、大正、昭和と長く芸能の王者として君臨していた浪曲は、昭和三十年代をピークにその絶対的な人気に陰りを見せ始めました。
平成に入る頃には風前の灯となるまでに衰退をしてしまい、それは、高度経済成長、バブルの時代と人々の生活の豊かさに反比例をしているかのようです。
浪曲は古臭い物、今の時代には流行らないと諦めムードの中、心ある師匠方は何としてでも浪曲を盛り上げようと奮闘をされ、浪曲の灯を守ろうと尽力をされて来ました。
一太郎さんの師匠でおられる東家浦太郎師匠もそのお一人。時代の荒波にも負けず先人からの芸を守りつつ、時代に合う浪曲を作ろうと魂を節に込めて唸られ続けました。
浦太郎師匠のその思いは、やがて実を結ぶことになります。何気なく浪曲の公演に訪れた一太郎さんに衝撃を与え、自分も浪曲をやってみたい、この人に付いて行きたいと思わせ、この世界に足を踏み入れる切っ掛けを作ったのです。
時代は移り変わって行きますが、浪曲の良さは昔も今も変わらずその良さを受け止める余裕がないだけと思います。
本物の芸は必ず人の心を掴みます。以来、浦太郎師匠の元で修行に励まれ、研鑽を重ねて行くことになります。一太郎さんが入門をされた頃に時を同じくして、一太郎さんと同世代の若者が立て続けに浪曲界に入門し、長く暗い時代にあった浪曲界に一筋の希望の光を射しました。
しかし、依然として浪曲の厳しい状況は変わりません。浪曲ファンに若い世代を増やすか、浪曲を知らない多くの現代人に如何にして浪曲の良さを知ってもらうか、一太郎さんの挑戦が始まります。
景気の良くない世の中では、どちらかと言うと笑いが望まれる傾向にあり、固い、難しい、お涙頂戴という負のイメージに覆われた浪曲は敬遠されがちです。
浪曲にも笑いのネタはあり、東家のネタにも笑いが多く含まれた物はあります。
一太郎さんは現代人の趣向を把握した上で、まずは浦太郎師匠の芸を身に付け基礎を築くことから始めました。
お客さんの好みに応じ、笑わせようとすれば笑わせることも出来たでしょうが、それでは砂地に城を建てるようなものです。土台を強固にせずして城は建たないと基礎造りに取り組みました。
一回一回の舞台へ真剣勝負で臨み、勉強会という自主公演にも果敢に挑まれ、時に師匠や先輩方、耳の肥えた浪曲ファンの叱咤激励を受けながら筍が節を重ねて行くかのように力を付けられて行きました。
そうした中、一太郎さんに一つの転機が訪れます。それは相三味線となる夫人の美さんとの出会いです。
浪曲界では、浪曲師以上に三味線の曲師が危機的な状況にあり、美さんは正に待ちに待った待望の若手となりました。
かつては夫婦にしかわからない阿吽の呼吸を舞台に生かし、夫が浪曲師、夫人が曲師という夫婦のコンビは数多く存在しましたが、浪曲の衰退と共に途絶えてしまっておりましたが、一太郎さんと美さんの夫婦によるコンビが久々に登場し、またしても浪曲の未来に明るい希望を運びました。
浪曲の三味線は譜面がなく浪曲師の調子を見極めながら伴奏しなければなりません。
さらに単に伴奏をすれば良いだけではなく、時に登場人物の心を表したり、場面の情景を描かなくてはならない難しい物です。
美さんは恩師伊丹秀敏師匠の薫陶を受けながら厳しい稽古を重ね、今では一太郎さんの浪曲に必要不可欠であり、相棒、同志であります。
これからの浪曲は先人の残して来た芸を受け継ぎつつ、現代に合わせた物が必要です。
一太郎さんは浪曲に馴染みのない方にも楽しんでもらえるように、工夫を凝らした自作の浪曲を何作か作られたり、
浪曲を床の代わりに用いた芝居の節劇の研究に取り組まれ、観客の裾野を広げる努力をされております。
そのどれもあくまでも浪曲であることを忘れず、安易に受けを狙うことに走らない所に浪曲への愛を感じます。
さらには、呼ばれればどこへでも出掛け、普段浪曲を聴きたくても聴く機会のない地方の方の元にも浪曲を届け喜ばれています。
この地道な努力が実を結び近年では客席に若い世代のファンも姿を見せるようになりました。
この十年で一太郎さんと美さんは、大きく飛躍をされて来ました。時に壁に隔たれたり、大風に吹かれるような苦しい時もあったと思います。
しかし、夫婦が力を一つに支え合い、一歩ずつ乗り越えて来られました。この先何があろうとも二人一緒なら大丈夫です。
浪曲は決して古臭い物でもなく、懐古主義的な懐かしい物でもありません。現在進行形で進化をしている現代の芸能であります。
浪曲は人々に希望と勇気を与える物であり、心のエネルギーです。
一太郎さんと美さんには、暗い世の中で人々の心に灯りを届ける灯台のような存在になって頂きたいです。
今日よりまた新たなスタートを切られ、次の十年をどう歩んで行くか楽しみにしています。
金澤 光春